 |
■ サイクロン、地震、津波
僕が日本に帰ってから十日余りの間に、痛ましい災害が立て続けに起こりました。
ミャンマーを襲ったサイクロンは死者が20万人を超えるとも伝えられています。中国の四川省で起こった地震では1万人を超える死者が出ているようです。
日々膨らんでいく死者の数を茫然と眺めるしかない。この感覚は2004年12月に起こったスマトラ島沖の大津波のときにも味わったものと同じです。
そのとき僕はスリランカとインドネシアの被災地を訪れて、当たり前の日常が一瞬にして奪われることの理不尽さと、それでも立ち上がろうとする人々の力強さに触れました。
そして、こうも思ったのです。
「このような日常の崩壊は誰の身にも起こりうるものだ。他人事なんかじゃない」と。
あの体験が僕を変えたのだと思います。
と言っても、僕が被災地に飛んでその生々しい現実を切り取る報道カメラマンを志したというわけではありません。そうではなくて、僕は悲惨な現実の隣に存在する「それでも続いていく日常」にカメラを向けたのです。それが僕なりの世界の切り取り方、理解の仕方なのだと気づいたのです。
このメルマガでも、しばらくシリアスな話題が続きました。スリランカの内戦、ミャンマーの軍政、ガソリン税、ネパールの選挙、食糧危機などについて。
それらは表面的には何のつながりもないバラバラの出来事のようにも見えるけれど、深い底の部分ではつながっている。それが今回の旅で得た実感でした。
世界的な原油高、食糧不足、グローバル化、アジア経済の成長。それらのファクターはお互いに絡み合い、影響を与え合いながら、世界を揺さぶっているのです。
そして緊張感を伴ったひりひりとした現実の隣にも、やはり人々の笑顔やのんびりとした日常がある。それも今回の旅で改めて確認したことのひとつです。それは今回撮ってきた写真をご覧になればわかっていただけると思います。
これからしばらくは、写真の整理や旅行記の執筆など「旅のまとめ」に追われる日々になります。
頭のスイッチを「旅モード」から「日本モード」に切り換えていかなくちゃならない。でも今はその過渡期なので、どんよりと曇った空を時々眺めながら、図書館で借りてきた本を読んでいると、知らぬ間に1日が過ぎている、なんてことがよくあります。
毎年恒例の「帰国報告会」は来月に行う予定です。僕が見てきたアジアの現実、旅の面白さを、未公開の写真を織り交ぜながらお話ししようという企画です。ご期待ください。
今のところ東京での開催は決定していますが、大阪はちょっと未定です。もし「大阪でやるんだったら参加したい」という人はメールでその旨を伝えてください。希望者が多いようでしたら、大阪でもやります。
|
|
|
■ 写真特集・ネパール 農村の暮らし ■ |
|
|
 |
|
 |

 ネパールの山村の多くはいまだに電気が来ていない。 そんな土地では日が暮れてしまうと、ランプの明かりだけが暗闇を照らす唯一の照明になる。 石油ランプのほのかな明かりの回りには、家族の小さな輪ができていた。
 電気が通っていない村でも、携帯電話が使える場合がある。
大きなアンテナさえ立ててしまえば、かなりの範囲で使える携帯電話は、ネパールの山村にも広く普及し始めている。
 ネパール南部のタライ平原にある野菜畑には、ユニークなカカシが立っていた。 鳥がびっくりするかどうかはともかく、人目を引くのは確かだ。
|
|
 |
|
 |