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おかま上京物語<第19話> 熟田津一帆
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気分はマーサ・スチュワート
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大家宅はさほど大きくはない一戸建てで、決して豪邸
っていう佇まいじゃなかったの。出てきた御大も、ぼさ
ぼさ頭にジャージ姿で、どう見ても“田園調布セレブ”
っていう風貌じゃないわ。
「まだリフォーム中なんですよ。前の人がかなり汚して
しまって…」
どうやらあたしの素性より、アパートのリフォームが
進んでいないことの方が気がかりみたいね。なんだかか
なり悲惨な状態らしく「借りてもらえる自信がまったく
ない」みたいな、しょぼくれたご様子…。あたし、ちょ
っと不安になっちゃったわ。
お目当ての物件は大家宅の隣地にご鎮座してるの。写
真どおりの外観ではあるわね。なるほど、南側の斜面に
建っていて、敷地は道路から15メートルぐらい入ったと
こ。しかも15段ほどの階段を上った台地に前庭があるの。
つまり、建物は道路から30m近く奥まってるのよ。
階段を上りきると、なにやら濃い緑の葉っぱがあたり
一面に生い茂ってたの。
「蕗でしょうかね。このへんは緑が多いですから…。あ
そこに大きな樹もありますよ」
おぢの言うとおり、前庭の隅には巨大な樹が立ってい
るの。高さは40mぐらいかしら。近寄って見るとプレート
がかかってたの。
“大田区保護樹 けやき”。
ひえぇ〜。さすが田園調布ね。アパートの敷地内に区
の保護樹があるなんて!
「ほらぁ、景色もいいでしょう?」
おぢの言葉に促されて振り返ってみると、眼下はずっ
と下り坂…。
「あそこが多摩川で、その向こうはもう神奈川県ですよ」
確かにさっき車の中から見た川面がちらちら見えるわ。
対岸の土手はそれよりも高いから、通っているクルマま
ではっきり分かるの。前庭、けやき、眺望…。あたしの
中で、アパートに対するポイントが次第に高くなってき
たわ。
「隣は大家さんのお母さんの家です」
なるほど、おぢの言うとおり、一段低くなった広い土
地に、さっきの大家宅とは別に旧家のみたいな平屋が建
っているの。庭はこれまた樹がいっぱい。なかなかの借
景ね。要するに、アパートの南と西は敷地にすんごく余
裕があって、建て込んでないのよ。
部屋は1階で玄関はぐるっと回った反対側。通路の脇
には金木犀が植わっていて、北側の斜面には花は終わっ
てたけど大きな桜まであるの。しかも驚いたことに、樹
上でなにやら鳥の鳴き声がするのよ!
「お客さん、ここならお花見もできますよ」
お花見どころじゃないわ。蕗が生え、ケヤキや桜が茂
り、鳥まで鳴いてる…。一体ここは東京なの!? いーえ、
これこそまさに“田園”調布じゃない!
しかも、玄関のカギは最新式のシリンダー錠。さすが
は高級住宅街。こんなボロアパートでも防犯意識は高い
のねぇ〜。
中は3畳ほどの板の間の台所に、6畳と3畳の和室。文字
どおり昔ながらのアパートって感じね。それもそのはず、
築30年は経っているっていうじゃない。リフォームが完
了したとしても、あまり変わり映えはしなさそうね。で
も、古いことが幸いして畳が大きく、いわゆる団地サイ
ズじゃないの。収納も天袋付きの押入れが一間半。かな
り余裕があるわ。
とはいえ何よりのメリットは、やっぱりお部屋からの
眺めね。掃き出し窓が前庭に面してて、しかも眼下には
一本道が続いてるから視界が遮られないの。多摩川まで
ずっーと見晴らしが利くのよ。
「いやぁ、東京じゅう探しても、こんなアパートは見つ
かりませんよぉ」
確かにおぢの言うとおりだわ。古さゆえの“風情”が
あるのよ。確かに家賃は予算オーバーだけど、環境は抜
群。なにより“田園調布”っていう住所が手に入るのよ。
おまけに礼金・敷金は各1ヶ月!
とはいえ、一抹の不安はあったの。いくら外の環境が
良好でも、所詮はただの木造アパート…。一番気になる
点をおぢに訊いてみたの。
「隣や上の音が響かないでしょうか…?」
「うーん、どうでしょうねぇ〜。でも全部で4部屋しかな
いし、そんなに気にはならないと思いますよ」
そうよねぇ〜。田園調布ですもの。変な人なんてきっ
と住んでないわ。それより、前庭にはハーブを植えまし
ょう。あと、お野菜とかも作って…。プチトマトがいい
かしらぁ〜?
おかま、気分はすっかりマーサ・スチュワート。思い
描く優雅な田園生活は、果たして現実のものとなりうる
のかっ!?
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◆おかま上京物語<第19話>
◆発行:2008.2.15
◆著者:熟田津一帆(にきたついっぽ)
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