今回から3回にわたってスリランカ東部の今の様子を描いたレポートをお届けします。
スリランカの現状を知ってもらう手がかりになればと思って、大急ぎで書き上げました。
かなり長いレポートですが、ぜひスリランカの写真とあわせてお読みください。

■ 「終わらない戦い」スリランカ東部からのレポート(1) ■

 トリンコマリーの町は、右を向いても左を見ても兵士だらけだった。重そうな革製の軍靴を履き、迷彩柄の制服を着込み、マシンガンをしっかりと両手に握りしめた兵士たちが、50メートルと間を空けず通りに並んでいるのである。数は少ないものの、その中には若い女性兵士の姿もあった。彼女たちももちろん他の兵士と同じように銃を抱えて立っていた。
 町中にいる兵士たちの表情は特別緊張している風でもなく、どちらかと言えば気楽に日常業務をこなしているといった雰囲気だったが、町に入ろうとする住民と、町から出ようとする住民に対しては、しつこいぐらい何度も職務質問と荷物検査が繰り返されていた。どう見てもちょっとそこまで買い物に来ただけのおばさんにも、いちいちショルダーバッグを開けさせて、中身をチェックしているほどだった。
 その日は朝から雨が降り続いていたが、たとえ雨の日でもその異様に厳しい警戒態勢は解かれることがなかった。兵士たちは深緑色のポンチョを頭から被って雨の中に立ち、検問と監視を続けていた。

 僕がロドリゴさんの茶店に立ち寄ったのは、この雨のせいだった。1月のスリランカ東部はもう既に乾季に入っているので、雨は滅多に降らないはずなのだが、この日は朝からずっと降ったり止んだりという天気だった。雨が小休止したのを見計らって、荷物をまとめて宿を出て、バイクで走り出したのはいいけれど、5キロも走らないうちに再び雨が降り出してきたので、目についた茶店に飛び込んだのである。
「今日は雨だね。この分だとしばらくは降り続くな」
 ロドリゴさんは鉛色の空を見上げながら言った。スリランカ人の話す英語にしては、比較的訛りが少ないので聞き取りやすかった。
「ええ、そうですね」
 と僕は頷いた。そしてミルクティーとショーケースの中に置いてある菓子パンを二つ注文した。ここで遅い朝食でも食べながら、雨が止むのを待つしかなさそうだった。
「そこに置いてあるスピーカーには、穴が開いているだろう?」とロドリゴさんはコンロでミルクティーを作りながら言った。「それは兵士が銃を撃ち込んだ痕なんだ。ちょうど2年前のことさ。LTTEのテロリストが仕掛けた爆弾が、このすぐ近くで爆発したんだ。そこで検問をしている政府軍の兵士を狙ったテロさ。その爆発で3人の兵士が負傷した。兵士たちはすぐに犯人を射殺しようとした。でもテロリストたちは爆弾を投げたあとすぐに逃げてしまっているから、兵士たちには誰がテロリストなのかわからなかった。テロリストは軍服を着ていないからね。すぐに一般人に紛れてしまう。それで兵士たちはその場に居合わせた人々に対して、誰彼構わず発砲した。何の罪もない三人の若者が、その弾に当たって死んだ。銃口は私にも向けられた。一発は肘を貫通してスピーカーに穴を空けた。もう一発は腰を貫通して壁に穴を空けた」
 ロドリゴさんはその話が本当であることを証明するように、シャツをまくり上げて腰の傷跡を見せてくれた。傷跡は思ったほど大きくはなかった。背骨のすぐ横に火傷の跡のようなひきつりが2センチほど続いているだけだった。
「撃たれた後のことはよく覚えていないんだ。すぐに気を失ってしまったから。気がついたのは翌日。病院のベッドの上だった。幸いなことに、弾は背骨をかすめるようにして貫通していたから、死なずに済んだんだよ。あと5ミリずれていたら、間違いなく死んでいた。神様が守ってくださったんだ」
 彼はそう言って、店の壁に立てかけてあるキリストの肖像画を見上げた。ロドリゴさんはその西洋風の名前が示すようにキリスト教徒のタミル人である。
「あの事件の前までは、結構太っていたんだよ。入院している間にすっかり痩せてしまってね。今はちょうどいい体重になったよ。おかげで10歳は若返ったね。病院ってところはダイエットするにはいいところさ。一度入ってみたらいい。もっとも君にはダイエットの心配はいらないみたいだけどね。ハハハ」
 ロドリゴさんはおかしそうに笑った。自分が撃たれたことを冗談のネタにするなんて、普通じゃできないことである。あるいはこの理不尽な状況を受け入れるには、それを冗談にして笑い飛ばすしかないのかもしれない。
 それはともかく、彼のジョークには僕も思わずつられて笑ってしまった。それは彼がもじゃもじゃとした鳥の巣のような髪の毛とチャップリンのような口ひげを持つ、チャーミングなルックスだったからかもしれない。
「兵士は私を狙って撃ってきたんだ」とロドリゴさんは真面目な表情に戻って話を続けた。「私はその兵士の顔を覚えている。あいつは間違いなく私を殺そうとしたんだ。私が爆弾事件と何の関係もないことを知っているのにね。理由はわからないさ。そうやって意味もなく殺されたタミル人は大勢いる。兵士たちは相手がテロリストだという疑いを持っただけで、すぐに銃を撃つことができるんだ。たとえそれが間違いだったとしても、誰も謝りもしないし、抗議することだってできない。私を撃った兵士が誰なのか、私は知っているけれど、誰にも話していないんだ。もしそれが相手に伝わると、今度は口封じのために夜中にこっそりと撃ち殺されることになるからね」
 トリンコマリーでは、2年ほど前からこのような事件が散発的に続いていた。つい先週もLTTEのメンバーだと疑われた若者が殺されたばかりだった。兵士たちの検問があれほど厳しく執拗なのは、やむことのないテロを警戒するという理由があるからだった。
「その殺された若者も無実だったんだ。でも誰も何も言わない。この20年以上のあいだ、我々タミル人は目を塞ぎ、耳を塞ぎ、そして口を塞いできた。なにも忍耐強いわけじゃない。そうするしかなかっただけさ」
 ロドリゴさんは実際に自分の目を両手で塞ぎ、耳を塞ぎ、口を塞いでみせた。そして皮肉っぽく笑った。

 トリンコマリーがスリランカでももっとも危険な町のひとつになっているのは、住民の65%がロドリゴさんのようなタミル人で占められているからである。
 スリランカという国全体で見ると、タミル人の人口は18%に過ぎず、74%を占めるシンハラ人と比較すると圧倒的に少数派なのだが、東部から北部にかけての広い地域では、逆にタミル人住民の方が多いのである。
 多数派のシンハラ人と少数派のタミル人。この二つの民族は20年以上ものあいだ国を二分する戦いを続けていた。言語の違い(シンハラ語とタミル語)、宗教の違い(仏教とヒンドゥー教)、そしてシンハラ人政府によるタミル人への差別的な政策が争いの背景にある。
 LTTEというのはスリランカ北部でゲリラ戦を展開しているタミル人武装勢力の通称である。正式名は「タミル・イーラム・解放の虎」であり、新聞やラジオなどでは単に「タイガー」と呼ばれている。
 LTTEはスリランカ政府からの分離独立を目指して、1983年から武装闘争を始めた。長年に渡る戦いで、政府軍とLTTEの双方に多大な犠牲者が出た。軍人と民間人を合わせると3万人以上が死んだと言われている。ノルウェー政府の仲介によって、ようやく停戦が合意されたのは2002年のこと。その停戦合意に基づいて、スリランカ北部にLTTEが支配する自治地域が設けられ、シンハラ人政府との連邦制が導入されることが決まったである。
 しかしそれで万事丸く収まる、というわけにはいかなかった。停戦合意後の和平交渉は遅々として進まず、その後もテロと戦闘が散発的に続いた。そして2005年11月におこなわれた大統領選挙で、対LTTE強硬派のラジャパクセが新大統領に就任すると、政府軍はLTTE支配地域に対して空爆を含めた大規模な軍事作戦を展開するようになった。2007年末には停戦合意が事実上破棄され、二つの勢力は再び内戦状態へと戻ってしまったのである。

 軍事力で圧倒的に優位な政府軍は「今年中にLTTEを全滅させる」との見通しを示している。それに対して劣勢なLTTEは一般市民に対する無差別テロという手段に訴えている。僕がトリンコマリーにやって来る4日前にも南部の町ブッタラでバスが襲撃され、乗客27人が惨殺されるという痛ましい事件が起きたばかりだった。
 ロドリゴさんは少数派のタミル人だが、無差別テロを行うLTTEのやり方には批判的だった。
「彼らは無実の人をおおぜい殺している。本当に悲しいことだよ。許せないことだよ。シンハラ人であろうとタミル人であろうと、我々は同じスリランカ人なんだ。兄弟、姉妹じゃないか。この世界のどこに自分の弟や妹を殺す人間がいる? その点では政府軍も同じだよ。彼らは飛行機から爆弾を落としてLTTEの幹部を殺したと言っている。でもその爆弾で多くの罪のない人々が殺されているんだ。犠牲になるのはいつもイノセント・ピープルなんだ!」
 ロドリゴさんは顔を紅潮させ、テーブルにこぶしを叩きつけて怒りをあらわにした。さっきまでのユーモア溢れる態度とはまるで別人のようだった。
「この戦いは終わらないよ。小さな傷は治るのが早い。でも大きな傷は治るが遅い。今の大統領は傷口をさらに広げようとしているだけさ。大統領にはLTTEと和解する気がない。空から爆弾を落とし、陸から戦車を進めてLTTEを徹底的に殺すつもりなんだ。しかしLTTEはジャングルに潜むゲリラだ。どうやってゲリラを全滅させるんだ? 大統領は『狂ったリーダーを殺せば、LTTEはすぐに降伏する』と信じている。本当にそうなると思うかい?」
「ノー。アフガニスタンやイラクの例を見ても明かですよ。リーダーを殺しても、次のリーダーがすぐに出てくる。あるいはリーダーが殺されたことで、組織はより団結するかもしれない。ゲリラとはそういうものです」
「その通りだよ。でもそんなこともわかっていないのが、今の大統領なのさ。彼は力を信じている。しかしその力が新たなテロを呼んでいるんだ。近いうちに必ず大きなテロが起こるよ。何百人もの血が流れることになる。どこで起こるかはわからない。でもどこかで起こることは間違いない」
 ロドリゴさんの不気味な予言は、おそらく現実のものになるだろう。僕だって、そして彼だって、そんなことが実際に起きて欲しくはない。しかしこの国が置かれた状況を知れば知るほど、LTTEによる大規模なテロが起こるのは不可避であるという印象を持たざるを得ないのだった。
「LTTEは傷ついた動物なんだ。手負いの虎なんだよ。追いつめられた動物は、死にものぐるいで反撃してくるものさ。政府がやるべきなのは傷ついた虎に餌をやり、傷を癒す機会を与えてやることだよ。同じテーブルについて話をする。それ以外にこの問題を解決する方法はないんだ」

(つづく)




 スリランカ東部の森林地帯にいたスリランカ陸軍の特殊部隊。
 彼らの任務は反政府武装組織LTTEの攻撃から基地を守ること。
 スリランカ東部にはこのような兵士たちが至るところで銃を構え、LTTEのテロがないか目を光らせている。
 そのような緊迫感とは対照的に、一人一人の兵士は陽気でフレンドリーだった。そこら辺にいる普通のスリランカの若者と何も変わらないのだった。




 スリランカ東部の砂浜で小さな網を投げていた漁師。
 二人でタイミングを合わせていたのかは知らないが、二人の動きが見事にシンクロしていた。







 旅写真家。1974年、京都市生まれ。
 機械メーカーでエンジニアとして2年間働いた後退社し、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。
 帰国後立ち上げたホームページ「たびそら」が「@niftyホームページグランプリ2002」で準グランプリを受賞し、2003年12月に初の写真集「アジアの瞳」を出版。
 2004年からは「旅写真家」としてアジアを中心に旅と撮影を続けながら、執筆や講演などを行っている。
 2005年9月には2冊目の著作「素顔のアジア」を出版。
 2006年8月には「美少女の輝き」「子供たちの笑顔」の二冊の写真集を同時出版。
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