小説「愛は6の感性」(46)最終回 高田裕一 著

前号までのあらすじ
あらすじ
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「K」と呼ばれる店にはクラシック音楽のコレクションがあり、彼はいつも愛着のある席に座る。
一年半ほど前に、彼は「K」でけい子と知り合い、親しくなるが不本意な別れ方をする。帰り道にある「スナック」でルミに出会い、その部屋に通うようになる。
「K」でけい子邂逅し、その部屋を訪れると、ルミについて詰問された。
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彼はずっとルミに付きまとっていたケンという男に脅された。
彼はルミの肉体については知っている。一方、けい子の存在は「6の感性」で感じていたのだ。
けい子が結婚することを聞き、花嫁を奪う計画を立てる。結婚式の前日、ルミに別れを告げるために、そのアパートへ向かう途中、一人の男に刺され、救急車で運ばれる。


バッハ

突然、バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調の低音がいっぱいに流れ始めた。
先ほどのように、救急車のサイレンに合わせて心の中で鳴り響いているのではない。確かな音として大きく自分を取り囲んでいるのだ。

臨死体験者の話では、お花畑のような美しい景色の中で、辺り一面に芳しい香りが漂い、得も知れぬ美しい音楽が聞こえてくるという。
自分はもう死に掛けているのか。しかし、視力に映っているのはただ真っ白な闇、嗅覚は病院特有の消毒薬の臭いだけだ。それに三途の川など見えても来ないし、当然そのほとりに奪衣婆と懸衣翁という二匹の鬼がいる訳もない。

「奇跡です!先生!」
と驚きを露(あらわ)にした女の声に、
「どうした」
という男の声。
「この患者さんの右ポケットに、血まみれでざっくり切れ目の入った文庫本が入っています」
「そうか、それで傷が予想より浅かったんだな」
「血でよく見えないのですが、本の題名は『バッハの思い出』・・・?」
「そう、ボクも呼んだことがある。バッハの二番目の妻アンナ・マグダレナ・バッハが、夫との出会いから思い出を語った本だよ」
「バッハですか?わたしは聞いたことがありません」
「何を言っているんだ、今、ラジカセで掛けているじゃないか」
「先生がお好きなこの音楽が、バッハなんですか!」
「そうだよ、今まで知らなかったのか、あははは・・・」

麻酔が始まったせいか、消えそうな意識の中で、全身の苦痛が和らいでいくのを感じながら、一つの記憶が蘇った。

外科医は、手術室にCDラジカセを持ち込んで自分の好きな音楽を聴くという。不謹慎と思われるといけないので、一般には口外しないが、音楽はあったほうが集中できる。特に長時間の手術で、集中力を持続するには欠かせないらしい。
バードロックをガンガン掛けながら、足踏みでリズムを取る人や、高級なオーディオ・システムに凝る人もいるという。

今現実に流れているこの音楽は、臨死ではなく、生きている証拠だったのである。



----------完----------



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