小説「愛は6の感性」(39) 高田裕一 著

前号までのあらすじ
あらすじ
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「K」と呼ばれる店にはクラシック音 楽のコレクションがあり、彼はいつも愛着のあ る席に座る。
一年半ほど前に、彼は「K」でけい 子と知り合い、親しくなるが不本意な別れ方を する。帰り道にある「スナック」でルミに出会 い、その部屋に通うようになる。
「K」でけい子邂逅し、その部屋を訪れると、 ルミについて詰問された。
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彼はずっとルミに付きまとっていたケンという 男に脅された。引っ越してしまったけい子への 繋がりを彼は探した。 彼はルミの肉体については知っている。一方、 けい子の存在は「6の感性」で感じていたのだ 。
ルミと会わないと決心した彼は、けい子の居た アパートで隣の部屋の女に声を掛けられた。け い子が結婚式を挙げるという。彼は混乱してい ながらも、式場の教会へ行ってみた。


オルガン

観音開きのドアをそっと押し開けると、チャペ ルは想像していたよりこじんまりしている。
四階までアーチ状に吹き抜けになったクリーム 色の壁。正面の十字架を挟んで左右に、赤と青 のモザイクのステンドグラスが配されている。 そのまた左右に、パイプの列が両翼を広げたよ うに林立している。真ん中の祭壇からドアに至 る真っ直ぐな通路の両側には、5、6人用の長 椅子が10列ほど並んでいる。

そこに人影のないのを確認してから、彼は2歩 進んで静かにドアを背中で閉めた。
パイプオルガンの生演奏が圧倒的な迫力で迫っ てくる。J.S.バッハのオルガン曲であるこ とは確かだが、初めて聞く曲である。

「この音楽の湧きたち流れるなかで、あんまり 我を忘れていたものですから、わたくしは、素 晴らしい和音の連続した音楽がそのざわめきで 空気を揺さぶりながら、突然ぱったりやんだと きにも、やっぱり相変わらず、この世ならぬ音 の響きがさらにパイプからわたくしの上へ轟き わたってくるものと、身動きもせず上方に耳を 澄ませて佇んでいました。
ところがその代 わりに、オルガン奏者その人がオルガン壇上に 現れて、オルガンから下に通じている階段に近 づいてきました。そこで彼は、相変わらず上の ほうをみつめているわたくしの姿を認めました 。その瞬間、わたくしは彼を見つけました。あ まりだしぬけな出現に、わたくしは身動きもな らぬほどびっくり致しました。
今になって 考えてみますと、わたくしはその頃そうした音 楽のあとにはきまって聖ゲオルクが降りてくる ものと思っていたのに、それが人間だったので ございました。ところがそのとき、わたくしは がたがた震えだしたのです」

という一節を、彼は思い出していた。バッハの 二番目の妻アンナ・マグダレナ・バッハが書い た『バッハの思い出』(山下肇訳)の中で、1 9歳のアンナが34歳のバッハに初めて出会っ たときの場面である。

彼が祭壇に向かう通路を数歩進んだとき、右側 のパイプ列の下に3層の白い鍵盤が並び、聖ゲ オルクならぬ、またバッハでもない人物の後姿 を発見した。
その黒い服を着た女性らしい人物は、脇目も振 らずオルガンの練習に集中しているようだ。
時々中断しては楽譜を覗き込んだり、腕組 みをし、あるいは首を傾げて考え込んだり。ま るでパフォーマンス・ショウを楽しむように、彼 は飽きもせず、それらの光景を眺めていた。

「お知り合いの方ですか?」
耳元での囁きは、彼を仰天させた。
「いえ、今日は結婚式の見学に来ただけです」
振り返ると黒服を着た牧師らしき人が微笑みか けながら、少しとがめるような口調で言った、
「当方はキリスト教会でして、いわゆる結婚式 場ではありません」
「知り合いがこちらで結婚式を挙げて、大変よ かったと聞きましたので」
彼はとっさの嘘で取り繕っていた。来週けい子 の結婚式の予定があることを言う訳にはいかな い。

「信者の方の結婚式はもちろん承ります」
「信者さんだけですか、残念です」
「事前にセミナーを受けていただければ、特別 に許可いたしますが」
その牧師の神妙な面持ちが、かえってその後の 詳細な説明を俗っぽくさせた。

一階の「予約室」と表示された小部屋には、パ ンフレットが並べられている。彼はその一冊を 手に取り、パラパラとめくった。

「式場施設
1階:受付カウンター、エントランス、事務室
2階:チャペル、祭壇、パイプオルガン(グラ ンドオペラ)、グランドピアノ(スタインウェ イ)
3階:チャペル吹抜け、礼拝3階席
4階:チャペル吹抜け、礼拝4階席
5階:控え室大(50席)
新館:控え室小(10席)、美容室、着付け室 」

とある。披露宴会場が無いだけで、結婚式場と しての設備は全て整っているのだ。

それに対して、パイプオルガンの演奏者が、牧 師と話している彼の存在に気付いて振り返り、 一礼してにっこり笑ったときの真っ白な歯が、 バッハの音楽の調べと共に、ずっと後まで清廉 な印象として残っていた。



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