小説「愛は6の感性」(37) 高田裕一 著

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あらすじ
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「K」と呼ばれる店にはクラシック音楽の コレクションがあり、彼はいつも愛着のある席に座 る。
一年半ほど前に、彼は「K」でけい子と 知り合い、親しくなるが不本意な別れ方をする。帰 り道にある「スナック」でルミに出会い、その部屋 に通うようになる。
「K」でけい子邂逅し、その部屋を訪れると、ルミ について詰問された。
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彼はずっとルミに付きまとっていたケンという男に 脅された。引っ越してしまったけい子への繋がりを 彼は探した。 ルミと別れようとするが、出来ずに抱いてしまう。 彼はルミの肉体については知っている。一方、けい 子の存在は「6の感性」で感じていたのだ。
ルミと会わないと決心した彼は、けい子の居たアパ ートの郵便受けの前で声を掛けられた。


報告

聞き覚えのある女の声、けい子ではない、ルミでも ない。彼は一瞬凍りついた。この声はいったい誰か 。しかし恐ろしくて振り向くことができない。
「愛本さんですよね!」
再び厳しく詰問するような声。恐る恐る振り返ると 、見覚えのある顔があった、けい子の隣室の女、名 前は覚えていない。
「はい」
と返事をしたものの、なぜこの女が自分の名前を知 っているのかと訝りながら、いまだ信じられずに目 を見開いたままでいる。

黙ったままでいる彼にかまうことなく女は続ける。
「けい子さんは結婚します。来週の日曜日午後2時 、場所は渋谷の××協会です。参列は自由ですので 、ぜひお祝いに行ってあげてください」
思いもしない報告に、彼は戸惑うばかり。
「お相手は、石崎さん」
初めて聞く相手の名前。ますます不安が増していき 、思わず問いかけた。
「石崎さん?」
「けい子さんの大学時代の先輩です、2年ほど前に 結婚を申し込まれて、ようやく決心が付いたそうで す」

いったい何のためにこんな報告をしてくれるのか、 彼は完全に混乱していた。
「失礼します」
意味ありげな微笑を浮かべて一礼すると、隣の女は 階段を上がって行った。

いったい何のために結婚式の詳しい予定を教えてく れたのか。
毎日毎日ストーカーのようにアパートの周りをうろ ついている彼に、最後通牒を突きつけるためなのだ ろうか。彼はこのアパートの周辺で、誰にも悟られ ないよう充分に注意を払ってきたつもりだ。しかし 、現にこうして声を掛けられてしまった。

あるいは、彼が、けい子と親密になりつつあったに もかかわらず、ルミと関係を持ってしまったことに 対して、怒りをぶつけているのか。
「あたしにだっていいひとはいるんだから 」
と捨て台詞のように彼女が言った言葉を思い出した 。もしそうならば結婚の報告だけで充分なはずだ。 いや、結婚式に招待するということは、自分を裏切 った彼に対して、こうして幸せなのだと見せびらか すためなのか。

それとも、映画にあった一シーンのように、結婚式 の真最中に花嫁を奪いに来いというのか。だから、 具体的な式の場所と日取りまで、さらには参列が自 由ということまで、わざわざ隣の女を通じて教えて くれたのか。
しかしながら、この可能性は限り なくゼロに等しい。他の女に走った男が許されるは ずはないのだから。

聞き慣れたバッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調 の低音が、静かに流れている。
彼はいつの間に か「K」の、あの通風孔の席に座っていた。
バッハは彼の魂を広大な絶望の砂漠へと導く。いや 、今や手繰り寄せようとする一本の希望の糸さえも 完全に断ち切って、奈落の淵の奥底に突き落として しまった。求めても求めても、バッハは遠のいて無 限遠点の果てまで拡散してしまった。
どうしよ うもないほどの孤独な遠隔地に至ってしまった自分 に身震いして振り返っても、もはや出発点にけい子 の微笑はなかった。

「やあ」
彼は肩を叩かれて我に返った。



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