小説「愛は6の感性」(35) 高田裕一 著

前号までのあらすじ
あらすじ
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「K」と呼ばれる店にはクラシック音楽の コレクションがあり、彼はいつも愛着のある席に座 る。
一年半ほど前に、彼は「K」でけい子と 知り合い、親しくなるが不本意な別れ方をする。帰 り道にある「スナック」でルミに出会い、その部屋 に通うようになる。
「K」でけい子邂逅し、その部屋を訪れると、ルミ について詰問された。
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彼はずっとルミに付きまとっていたケンという男に 脅された。けい子の部屋に行くが、引っ越した後だ った。彼は懸命に彼女への繋がりを探した。 ルミと別れようとするが、出来ずに抱いてしまう。
彼はルミの肉体については知っている。一方、けい 子の存在は「6の感性」で感じているのだ。
彼は「K」とアパートの周辺でけい子を待つことに した。


決心

例のアパートと最寄り駅との間を往復する時間を、 休日は午後5時から、平日は午後7時からと決めた 訳は、休日が「スナック」の休業日であり、また平 日の6時半がルミの出勤時間なので、出会いを避け ることができるからである。

彼はもうルミと会うまいと決心していたが、どうし ても別れの言葉が言えなかった。この前の最後の夜 、黙り続ける彼に、
「ねえ、ねえ」
と話しかけるルミの言葉の調子が、みるみる痛々し い悲嘆へと変わっていって、今にも泣き出しそうな 気配になったことが思い出された。
その愚かしいまでの献身と、弱々しく哀願するよう な瞳に向かって、
「別れよう」
の一言が言えるはずはなかった。

通信販売のパンフレットを見るたびに何かを送りた くなり、一度は、申込書に記名捺印までしたが、結 局のところ破り捨ててしまった。
また、テレビ・ショッピングで声高に告げるの番号 に、何度か電話してみたが、オペレーターの一声を 聞いてだけで、慌てて切ってしまったこともあった 。
「さようなら」
という一行だけの手紙を書いたが、どうしても宛名 を書き終えることができなかった。

今夜もまたルミは深夜の自室で彼を待ち続けている にちがいない。
近づいてくる足音に期待しながら、彼のために酒を 買出し、肴を用意しているだろう。彼のために洗濯 物にアイロンをかけ、綺麗に折り畳んで取って置き の紙袋に詰めているのかもしれない。彼のために新 しいモーツアルトのCDを買ってきているかも。彼 のために、彼のために、彼のために・・・。

「どんなに待っていても、彼がもう決してくること はないんだよ」
と耳元でそっと言葉だけを送りたい。いや、この言 葉はルミを絶望の淵に突き落とすにちがいない。そ の確信だけを、できれば本人の気付かない間に、心 の中に植えつけたかった。

彼の来ない日々が続いて、いずれ別れの事実を悟る ことになるだろう。ジョージとかいうの悪いバーテ ンダーに騙されてヤケになったという、ルミの昔話 を思い出した。
天上の神のように、そっと見守っていてやりたかっ た。しかし、神でない彼はそんなことが出来るはず もなかった。

偶然に「スナック」の扉が開いて、飛び出してきた 可哀想なルミを、力いっぱい抱きしめてやりたい。 そんなふと起こる衝動を、彼は耐え忍ばなければな らない。

別れるということは、何もしてはいけないというこ とである。時の経過が解決してくれることを、沈黙 しながら祈っていることしかできないのだ。



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